住専の設立から破綻まで
住宅金融専門会社は本来、個人向けの住宅ローンを主に取り扱う貸金業、ノンバンクの一業態である。
住専と略される。
設立1970年代に住宅資金需要が旺盛になったものの、銀行は個人向けのローンのノウハウが乏しく、また重厚長大産業向け融資をメインとしていた。
このため、大蔵省主導で、銀行等の金融機関が共同出資して設立された金融会社で、住宅金融を専門に取り扱うことから、住専と呼ばれる。
設立当初に、資金を拠出し、また役員等を派遣した大手銀行を「母体行」と言い、後に融資量異常の責任を追及されることになる。
住専の事業の構造としては、金融機関から資金を調達して、個人・事業者に融資を行うというものである。
また、店舗網を持たないことから、母体行等からの紹介案件を中心とした。
また、代表者には大蔵省から天下った。
不動産業への傾注1980年代に入り、大企業の間接金融離れが広がり、銀行が直接個人向け住宅ローン市場に力を入れ始め、住専の市場を侵食し始めた。
中には、銀行が紹介した取引先を肩代わりする(住専にとっては繰り上げ償還)ことすらあった。
また、大手信販会社もローンに注力し始めた。
このため、住専は融資先を求めて事業所向けの不動産事業へのめりこんでいった。
銀行も不動産案件を紹介した。
世はバブル景気であり、地価高騰により、住専の融資量は一気に膨らんで行った。
特定住宅金融専門会社の破綻問題バブルは崩壊、地価が下落、不動産業者への担保価値の目減りは大きく、土地は売るに売れない状況となり、融資先は元金返済どころか金利の支払いすら滞る事態となった。
融資は固定化、塩漬けとなり、不良債権化していった。
結果的に1社を除き破綻した。
破綻した住専には農林系金融機関(農林中央金庫、各県の信用農業組合連合会(信連)、全国共済農業協同組合連合会)を中心とした金融機関が貸し込んでおり、処理が遅れる事による金融システムの破綻を避けることを促進等に関する特別措置法(住専法)が作られた。